もう一度研修講師を選んだ理由

前職と大分移住の背景

私は、生まれも育ちも福岡です。福岡県では、7年間、大学生の就職支援を中心に、企業研修、集合型研修、などをやっていました。就職支援では毎年100名を超える就活生と一緒に内定の先にある未来を目指して全力で走っていましたし、不安を抱えて入社をする新入社員の皆さまに向けて「働くとは?」というようなテーマで研修をして来ました。今は、大分に在住。大分には、2年前に移住してきました。私の主人は毎年150本以上のライブをするツアーミュージシャンですが、2017年に脳梗塞で倒れ、失語症と右半分の運動系のマヒが残りました。7か月間の入院生活をしていたときに、当時、主人が仕事でお世話になっていた方が「夫婦で大分に引っ越してこないか」と声をかけて下さり、大分への移住が決まりました。

大分1年目の暮らしと生まれた疑問

大分に引っ越しをして1年目は、それまでとは全く違う仕事をしました。大好きなスーツもハイヒールも脱いで、Gパンとスニーカーで働きました。大自然の中にある観光施設で接客をしたり、子どもたちが参加する合宿のお世話係をしたり、毎日走り回って、施設内の掃除や片付けをやっていました。その一年間は、今までの生活とはまったく違う毎日で、とても新鮮だったのと同時に、やはり大好きなスーツを着てビジネスの世界に身を置いていない自分を見えない誰かと比較して負けたような気持ちになっていたのも事実です。

引っ越しをしてから半年が過ぎたころ、ふと疑問に思ったことがありました。

主人はこの大自然の中でリハビリを続けながら、元気と言葉を取り戻して、いずれ、またツアーに出ていく。その時に私は「何者」として主人をツアーに送り出すんだろう。

その疑問が頭に浮かんだ時に、大好きなスーツとハイヒールを脱いだ生活を「主人のせい」にしたくないと思いました。この先、どんなことがあっても、「私は貴方のためにいろんなことをあきらめた」とは言いたくないと。

再び研修講師に

主人にこの疑問をしたとき、
えがおは研修講師を続けないとダメだ。ここでの生活も悪くないけど、これからも講師でいたほうがいい」と話をしてくれました。もちろん失語症があるので、こんなにスムーズな言葉ではなかったですが、こんな趣旨の話でした。

この出来事が再び研修講師として歩き出す「決定打」となりました。お世話になった方にはすべてをお話しし、ちょうど1年で退職。引っ越しをしてフリーの研修講師(個人事業主)となりました。

【own life】という屋号に込めた想い

屋号は「own life
自分自身の人生という意味です。研修を受けてくださった方が、研修を通して「人生の主役は自分自身」ということに気が付いていただき「誰のせいにもしない自分自身の人生を歩んでいただきたい」という願いがこもっています。そして何よりも、研修講師として歩んでいく私自身が自分の人生の主役として歩んでいく、という覚悟を込めました。

フリーの研修講師として歩みだした途端に新型コロナウイルスの影響が出て研修が中心なったり、と厳しいフリーのスタートではありますが、そこも含めて自分自身の人生。これからもしっかりと「自分の人生の主役」として歩いていきたいと思います。そして研修を通して出会えた皆さまに「own life」を歩んでいただけるように精進したいと思っています。

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